Channeling message

「きっと、そんなのムリ」

と決め付けていることを実際に行うと必ず

「自分を愛する」

ことに心を開けるようになります。

「自分を愛せない」という人は自分に課しているハードルが

高いのかもしれません。

それは、悪いことではありません。

あなたがそれを超えれば、あなたはあなたを認め

心から愛することが出来ると、

あなたは思っているのです。
そういうあなたは

「実際に成し遂げる」とき、

「自分にも出来たんだ」と分かるとき、

あなたはようやく自分を愛せると、

あなたが決めているのです。

他でもない、あなたが。

ならば、それを、やってみればいいのです。
やってみたとき、やっぱり出来たと確信したとき、

そして、「不可能」という「決め付け」をいくつも超えたとき、

「よくやったね、もうお前(自分)が何でもできることを認めるよ。
そういう存在だったと、思い出したよ。そして、無条件で、愛するよ。」

とあなたはあなたに言うのです。

そして、そのハードルを一緒に作ってくれた仲間に、それまで

色んな役を演じてくれた仲間に、心から感謝できるでしょう。

そして、委ねが始まります。
心と対話し

自分を大切にすることを忘れずに

流れるままに、人間を生き始めるでしょう。

そのとき、現実の全てを味わいつくす喜びを、

知るでしょう。

日常のどんな小さなことでも、無意識に

「無理だと頭から決め付けていること」に

目を向け行動することが

人間の固い頭を柔軟にさせることであり、

潜在意識を引き出すことになり、

それは特別なワークやマシンなどを

使わなくても、できると知るのです。
例えば

「XXで聞いた話によると、あの人はこういう人らしい」

と判断していることはないでしょうか?

でも、実際に逢ってみたとき、接してみたとき、自分が心で

感じることを大切にするのです。

その人がどんな人生を歩んできたか、

感じてみること、話してみることなのです。

決め付けないことなのです。
誰の意見や固定観念で、あなたはあなたの人生を制限し

生きるのですか?

不満をいつも抱えているのは、無意識にあなたが

他人の意見を自分のものだと勘違いして

生きているからです。
何度でも言いますが、

あなたの魂は無限のエネルギーなのです。

それを「信じること」から始めるとき、

「あの人とは、話しても絶対ムダ」

「エネルギーの無駄遣い」

なんて言葉は出ないでしょう。
これも決め付けです。

もちろん、自分に余裕がなく、一杯一杯であるならば、

体を引きずり犠牲にして

「せねばならない」と相手のためにすることは

ないのです。

地球の人間はいい加減に、もう「自己犠牲」は卒業なのです。

それは「美徳」だという観念は古いのです。
自分を犠牲にし、こういうことをし続ける人は

「してあげた」「目覚めさせてあげた」

という傲慢な言葉が出るのです。
「分かり合おう」「分かりたい」と思うとき、

そこには「愛のエネルギー」が流れているだけです。

その気持ちが、根源へと繋がる鍵なのです。

2006年 2月23日 by ディラ